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 2006.02.03 平和とゎ…
love is hard...

沖縄に修学旅行に行ってきて、私は『平和学習コース』を選んでいたので②日目ゎ「チビチリガマ」と「シムクガマ」に言ってきました。
そこでは平和専門のガイドさんの話を聞きました。
全部ゎ覚えてないケド少し紹介します。

チビチリガマでは⑧③人が集団自決をしました。
そのほとんどが子供で①歳の子供まで親に殺されたのです。
一体①歳の子が「お母さん殺さないで。僕は生きたいんだ。」
言えるでしょうか。
ガマの㊥でゎ親戚同士でさえ殺し合ったのです。
お父さんが親戚のおじさんを殺した。お母さんが弟を殺した。
これがこの戦時中では”普通”だったのです。
それに守るべき日本軍でさえも、ガマが必要ならガマにいる住人を殺す。

アメリカ軍が攻めて来て「出てきなさい。何もしません。」
これを聞いた住人達は次々に”国のため”に死ぬ決意をしたそうです。
そして包丁や毒で自分の家族で殺し合い…。
しかしアメリカ軍の説得でガマがら出ていった人達も居ます。

ガマからでるとアメリカ軍が小さなチョコ与えたのです。
しかし毒が入ってるんじゃないかと、食べなかったそうです。
それをアメリカ軍は自分そのチョコを食べて「大丈夫だ」ということを証明して見せたのです。
その子は「毒が入ってるんじゃないか」と死ぬことに恐怖を感じたのです。
もう死ぬ覚悟で出ていったのに…

国のために死ぬ…どうしてこんな考えがつくのでしょうか。
その当時の教育は「国家のために命をささげ。」だったのです。

一方①㎞くらいしか離れていないシムクガマゎ誰①人として助からなかった人ゎいなかったのです。
どうして同じガマなのにこのような正反対なことが起こったのでしょうか。
丁度その㊥でゎハワイでそれまで育った日本人が②名いたのです。
「アメリカ軍が来た。包丁はどこだ。毒をくれ。」
『お国のために死ぬ』
この②人にはこのことが理解できませんでした。
そう、当時この②人ゎ日本の教育を受けていなかったのです。
②人は必死にガマの住人を説得しました。
「アメリカ軍ゎ出てきたら何もしないと言っている。一緒にこのガマから出よう!死ぬなんてあんまりだ!もっと自分の命を大切にするべきだ!」
住民達ゎ半信半疑でゎあったものの、この②人を先頭にガマから出ていきこのガマの住民達ゎ全員助かったのです。

②つのガマでもここまで違うコトが起こっている。
この教育がどれほど恐ろしいことなのか…


平和とゎ何か…


平和とゎ


創造

①人①人が創造するものなのです。

♪さとうきび畑
このことをょく理解し、考えながらもう一度この歌を聴いてみてゎどうでしょうか。
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